古文で読む『源氏物語』感想36. 明石 Ⅱ 〜 明石入道毒親説

本日のあらすじ

明石入道の館に居候する源氏、入道と琴を引いて遊びながら娘・明石の君の話を聞く。「娘を京の貴人と縁付かせるのが願い」との入道の言葉に、「それ私に言ってます?それならば」と明石の君に気合入れて手紙を送る源氏。しかし明石は身分の違いから卑屈になってしまい、返事も書けない。仕方なく父が代筆。源氏がまた手紙。ようやく返事をくれた明石の君だが…

一方京では、帝の夢に故桐壺院が現れ、帝を睨んで源氏への処遇を責めていた。帝は目を患い、源氏を許して京に帰らせようと相談するが、弘徽殿大后は拒否。大后の父、右大臣が亡くなり、大后も病がちになる。

1.明石の君の身分

入道が源氏に語るところによると、入道の父は大臣の身分であったものの、息子の代で落ちぶれて地方の国守となったと。…それがどのくらいの身分なのかというと、源氏の家来、良清もまたどこかの国守の息子だそうなので、つまり源氏の家来レベルということですね。

その娘の明石の君は、源氏や紫の上の女房ランクということに。空蝉と同じランクでしょうか。実際、明石の君に手紙(ラブレター)を送り始めた源氏は、明石の君を自分づきの女房兼愛人(召人)にすれば収まりが良いかと考えたりしています。

表向きは妻じゃない、使用人だけれど…ってこれは朱雀帝と朧月夜(女官だが帝と肉体関係もある。ついでに言うと帝の叔母にあたる)の関係と相似形か?

2.家来・良清の長年の想い人だった問題

ただそういう、明石入道が聞いたら気を悪くしそうなアイデア?を源氏がうかべたのは単に明石の君の身分が低いからではなく、腹心の家来・良清が妻にと望んでいた人だからです。

そもそも明石の君については「若紫」で、紫の上登場前に良清によって言及されています。良清にすれば父親同士が同等の身分である明石の君なのに、明石入道が自分を婿にしてくれないことを不満に思いつつ、入道の高望みを嘲笑っていたところもあったようですが、いよいよ主人である源氏が明石の君と結ばれることになりそうで…

…さぞかし不満だろうな、と源氏が推し量っているわけです。と同時に、一方的にラブレター送ってるだけのくせにもう自分が明石の君の夫になったつもりでいるかのような良清の態度も気に入らないようですが。

ともかく、だから明石の君を妻でなく自分づきの女房として就職させるにとどめれば(と言って愛人関係になるつもりでしょうが)まだ良清の面目も立つのかなと考えたりするのですが、明石入道といい明石の君本人といい、とてもそんな提案できる雰囲気じゃなさそう。

3.空蝉に振られた後遺症?

さて入道の願いを聞く形で源氏が明石の君に手紙を書くんですが、入道が大事に大事に育て、教養も深い相手だとのことでかなり気合を入れ、高麗製の胡桃色の紙(舶来ものの高級品みたいです。どんなだろう。「唐の紙」もやはり高級品としてよく登場しますが、高麗の紙は初めて?)に美しく歌を書いて送ります。

をちこちも 知らぬ雲居に ながめわび かすめし宿の 木ずゑをぞとふ

右も左もわかんない天地にやってきて、通りすがりの宿の木ずえにとまって声をかけさせていただきます。ってことですね、自分を鳥に例えています。

…ビミョーに見下してるような雰囲気ありません?しかし、ことさらさりげなさを装っているようでもあって、それは相手に対してどこか怖気付いている気持ちの裏返しかも。はい、なんか源氏が怖気付いている気がします。

何に、って多分、明石の君の(噂に聞く)気高さに。気高さから自分を振るかもしれない、けど身分の低い女性からそんな扱いを受けたら面目が立たない、的な恐れ?これは空蝉に振られた後遺症もありましょうか。相手の身分が低いからとナメてかかって、自分みたいな皇子様が言い寄ればさぞかし光栄に思うだろう、まさかその分際で断れるまいと、いきなり寝所に押し入って拒絶され(当たり前)、恥をかいた経験(完全に自業自得)。

本人から返事はなく、お父様からゴッツい陸奥国紙(みちのくにがみ。厚めの真っ白な事務用でしょうか)で「田舎暮らしの娘には光栄すぎてお返事もできないようで。でも娘もあなたと同じ気持ちでしょう」とお返事が。出家した身でラブレターの返事代筆。

良清も明石の君へのラブレターにお父様が返事書いてきてびっくりしたことがありましたが。

4.明石の君の自己肯定感

…の、無さ。

ちょっと意外ではあります。登場時からそうでしたが、父親から源氏との縁組のことを言われると、己の身分を嘆いてしまう。父親から「気高くあれ」と教育されてきた割に、身分の高い源氏との交際を裂けたがり、‘上昇婚’を厭わしく思っているような。入道の教育は失敗だったのか?

いやむしろ、明石入道の教育がうまくいきすぎたのかもしれません。

本当に都の大貴族の姫君のような「気高い」人に育っちゃったため、現実の身分とのギャップに苦しんでいるのかも。心は王女、体は村娘的な?

「気高さ」というのも現代的な、ヒューマニズム的な意味ではなく、あくまで当時の、身分の高い人の心構えのことでしょうから。そこには身分の低い者を見下す気持ちが含まれているわけです。だから明石の君は自分で自分を見下さざるを得ない。そして身分の低い者が高い方と縁付くことを許せない。

むしろ現実の身分相応の心構えでいれば、というか自分を肯定できていれば、源氏からの求愛も素直に「ラッキー!」と受け入れられるのかもしれません。

…結果、やはり入道の教育は失敗してますね…

空蝉の苦悩と自己嫌悪は、身分の高い生まれながら身分の低い男の妻となり「転落」してしまったところから来ますが、明石の君の場合は教育を受けるほどに自分自身を貶めざるを得ない感じ。入道はもし良い結婚ができなければ、海に身を投げて竜王の妃になれと本気だか悪い冗談だかわからないヤバいこと言ってますが、明石の君は本当にそうしかねないほど鬱々と苦しんでいます。

…「明石」って毒親の話だったのかもしれない。一見教育熱心で娘を大事に思って、あなたの将来のためと骨折っている父親だけど。いや、だからこそ…

次回も「明石」。京ではぼちぼち源氏を呼び戻しそうな雰囲気ですが…