古文で読む『源氏物語』感想27. 賢木 Ⅱ 〜ファミリーイケイケに関わらず幸せになれない朧月夜

本日のあらすじ

源氏の父・桐壺院が崩御。朱雀帝(弘徽殿大后の息子)に源氏の重用を遺言しておいたものの、気の弱い朱雀帝は源氏をよく思わない母や祖父・右大臣の言うなりに。中宮だった藤壺は里帰り。一方、弘徽殿大后の妹であり、御匣殿(みくしげどの。帝のそば近く仕える女官)だった朧月夜は尚侍(ないしのかみ)に昇進。帝の寵愛を受けながら、源氏との関係も続いていた。

1.桐壺院崩御で勢力図ぬりかえ

桐壺院は朱雀帝に譲位後も実権を握っていたようで、その間特に庇護され(おいしい目を見)ていたのが息子である源氏(大将)、中宮藤壺、春宮(実は藤壺と源氏の子)、左大臣(源氏の故正妻、葵上と、友人頭中将の父)。

院崩御後に力をつけたのは朱雀帝の母・弘徽殿(こきでん)大后とその一族。それまで虐げられていたというわけでもなく遠慮してやりたい放題できなかっただけですが、弘徽殿大后が何をしたかったかというと「恨みを晴らしたかった」。

2.弘徽殿大后の恨みの対象

話が第一巻「桐壺」に戻りますが、弘徽殿大后はいわば桐壺院の「第一夫人」的な女御だったところ、桐壺更衣(きりつぼのこうい)に帝の寵愛を奪われることになります。ここで桐壺更衣が必要以上に恨まれるのは桐壺院の責任が大きかろう、というのは前に書きましたが…

第一の恨みの対象であった桐壺更衣は恨み殺し(その死にやや不審な雰囲気があり、弘徽殿大后が殺したのではとも思われます)たのですが、遺された息子がまた桐壺院に可愛がられて新たな恨みの対象となります。それが源氏。

源氏つながりで恨まれているのが源氏の元舅で葵上の父、左大臣。父・右大臣の政敵である以上に、息子朱雀帝の妃にと望んだ葵上を源氏と結婚させたことで恨みを買いました。

藤壺への恨みは別のラインからかというとやはり桐壺更衣つながり。まず藤壺は桐壺に顔が似ていて、それゆえ桐壺院に入内を請われたわけですから。しかも寵愛を受けて、自分を差し置いて中宮の位に就くものだから…

(ところでまず桐壺更衣に恋していた桐壺帝が同じ顔の藤壺を妃に迎え、藤壺に恋した源氏が同じ顔の紫の上を……紫の上はつまり桐壺更衣と同じ顔になるので、源氏は母親の顔を追い求めているのか、いやもっというと自分の顔を追い求めているのか…)

3.権門ながらイマイチいい思いできない朧月夜

それまで奥まった場所にある登花殿にいた朧月夜は弘徽殿に移ります(弘徽殿大后が基本里邸に住むようになり、内裏に来ても梅壺を宿舎にするようになったため)。帝が仏事で女性を遠ざけている隙にこっそり源氏を招き入れるも、人通りの多い中でハラハラしながらの逢瀬。今回源氏が朧月夜のいる弘徽殿からこっそり出るところを、朱雀帝の女御(朧月夜とライバル関係ですね)の兄に目撃されます。さあどうなる。

源氏物語漫画版、大和和紀『あさきゆめみし』ではキリッとした顔に勝気な性格の朧月夜でしたが、原作ではどちらかというと弱々しい女性のよう。こんな逢瀬を「スリリング〜♬」と楽しめるタイプでもなく、嘆きがちのようです。一族が栄える中で一人しょんぼり。

ところで朧月夜は入内をしたというから女御になるのかと思っていたら、役職のある女官なんですね。妃と女官の区別が曖昧だったのかな…

(ちょっと脱線)『チャングム』等の韓国時代劇を見ると、女官は皆王の妃(側室、場合によっては王妃)候補でもあり、実際女官と妃との区別はハッキリしているものの概念的に?曖昧なんですよね。尚侍(ないしのかみ)の尚の字も、尚宮(サングン、朝鮮王朝の高位の女官)を思わせるし、元を辿ると中国がお手本なんでしょう。それにしても王にとっては、職場の女性全てが自分の愛人候補なわけで、この感覚ってセクハラ野郎のそれなのかな…逆に言うと現代セクハラ野郎は民主主義の時代に王気取りか。まさにセクハラは権力関係の中で起きるもの、自分の「権力」を濫用する輩の仕業なわけです。

4.女のまねぶべきことにしあらねば

というのは桐壺院から朱雀帝への遺言の内容に書き添えた紫式部の言葉。政治のことを女が口にすべきではないから、ここらへんにしておこう、と。

女性の参政、どころか政治について語ることすらタブーとする(タブーとしたい)空気が強かったことは容易に想像できます。選挙権も被選挙権も得た今でさえ、もの言う女性への拒否反応は根強く残っていますもんね。しかし紫式部も十分もの言う女性です。

次回も「賢木」続きます。「夫」を亡くした藤壺に源氏が迫る!