古文で読む『源氏物語』感想16.末摘花 Ⅲ 〜むしろ源氏のその顔がウケる

本日のあらすじ

朱雀院行幸の儀の準備(奏楽の練習)に忙しく、紫の上の引き取りなどもあり、とんと末摘花の元を訪ねない源氏。宮中で久しぶりに会った大輔の命婦に姫の様子を聞くと、「そばで見ているほうが辛い」と源氏の不義理をなじる。前回は暗い中手探りの逢瀬で顔も分からないままだったのが気になって、ある冬の日、末摘花の屋敷を垣間見る源氏。姫の顔は見えず、屋敷の貧しさは心苦しく、女房たちの装束など異様な古風さが滑稽。今来たように屋敷に上がり、その夜姫と共に過ごし、翌朝雪明かりに照らされた姫姿を見る。長い鼻の先が赤い顔、若い女性の衣装としては異様な黒貂の毛皮、唯一の美点である美しい髪…唖然としつつ、口実を見つけて屋敷を出る源氏。

1.見た目のダメ出し描写が妙に生き生き

末摘花の容姿、服装の描写には色々吹っ飛ぶものがあります…

「居丈の高く」(胴長。態度がでかいという意味ではなくて)、鼻は「普賢菩薩の乗物とおぼゆ」(白象)、続けて「あさましう高うのびらかに、先の方少し垂りて色づきたる」、色白の顔は面長で「なを下がちなる面やうは、大方おどろおどろしう長きなるべし」、かわいそうなほど痩せていて「肩のほどなどは、痛げなるまで衣の上まで見ゆ」。

えらい具体的なんですけど。例えば源氏や他の女君の美しさを描写するにも具体的な形容はあまりなくて、ただ「美しい」とか「可愛らしい」とかだから印象はぼんやりなんですが、末摘花の顔の描写のこれは…誰か実際に思い浮かべる人がいて書いているのか紫式部…

続けて髪の美しさを、次に衣装の容赦ないダメ出しが来るんですが、その前に「着たまへるものどもをさへ言ひ立つるも、もの言ひさがなきやうなれど、昔物語にも人の御装束をこそまづ言ひためれ」、と先まわりして弁解しています。

古文の授業で聞いた話で、清少納言が毒舌のキツい性格だったのに対して紫式部は大人しく、その代わり紙の上に筆で毒を吐いていたとかいなかったとか…

でその衣装、おそらく父宮の遺品である黒貂(ふるき)の皮衣(かわぎぬ)が目立ちまくりますが、下に来ている染めた衣は色あせ、白い衣は黒々と煤け…要は貧しいのではないですか、、、

2.それより滑稽なのは源氏だったりして

そんな末摘花の描写は笑うところなんでしょうか。容姿を笑うって現代人としては「はしたない」どころの騒ぎじゃなくてですね、教養が邪魔して笑えないんですのごめんあそばせ紫式部様。。。

それより可笑しかったのが源氏。前回、手で触れただけで見えなかった末摘花の顔がどんなか気になって気になって、まず垣間見しようとするも失敗。今時どんな保守的な部署の老女官でもあんな格好はしないよな、というような古風な女房たちを見ることに。

実際に屋敷にあげてもらうも、あまりの荒れ果てた様子に、夕顔が怪死した例の屋敷を思い出して恐ろしい夜を過ごすというコストを払い、ようやく明け方、雪明かりを頼りに姫の顔を見ようとヨイショと格子を開け、

「きれいですよ〜(庭は荒廃もいいとこだけど)ちょっと窓辺でご覧なさいよ」

と呼んでみる。女房たちにせっつかれてようやく恥ずかしそうにいざり出てきた末摘花のほうを見ないフリしながらも

「しり目はただならず」。

訳注に「横目づかいも尋常でなく」とされてて二度噴きました。風流に外の雪に顔を向けながら目だけ必死に室内へ、面白すぎるだろその顔。一連の源氏の行動がそのまま落語になりそうです。

3.返歌「むむ」(違)

いざ姿を見て言葉が出ない源氏ですが、そういえば姫の声もろくに聞いていない。だんまりの末摘花の口を開かせようと和歌を詠みますが、当然返歌はなく、「ただ『むむ』とうち笑ひて、いと口をもげなる」。

前回代わりに和歌を作ってくれた、この古風な(かつ田舎びた)屋敷にあって唯一の「今時の若者」たる侍女の「侍従」はあいにく留守。返歌を期待できず屋敷を出る源氏でした。

ここまで来るとむしろ可愛く思えてくるんですが、末摘花。ろくなものも食べられず寒々と暮らしているのがかわいそうです、なんとかしなさい源氏。

次回で「末摘花」終わりの予定。

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