古文で読む『源氏物語』感想15.末摘花 Ⅱ 〜女同士、表立って庇い合えないのが辛い

本日のあらすじ

源氏と頭中将は競って末摘花に恋文を送るが、どちらにも返事はなし。そうこうするうちに源氏は一旦病に臥して春夏が過ぎ、回復してのちまた大輔の命婦に取り次ぎを頼む。末摘花の内気過ぎる性格から進展がないものの、源氏からせっつかれた命婦は面倒になり、末摘花と源氏を障子越しに会わせる。源氏が歌を詠めば末摘花の侍女の侍従の君が姫の自作のように思わせて返歌を送るが、姫の口は開かない。辛抱できずに源氏は障子を押し開け姫に迫り、夜中に帰宅。朝寝していたところ訪ねてきた頭中将と共に参内し、忙しさに後朝の文は夕方になり、続けて通うこともしない。末摘花本人はそれが非礼なのかも分からず、命婦や周囲の侍女たちだけが嘆いている。

1.結局いつもの横暴さかよ…

「わらは病み」がここでも出てきたので、「若紫」「末摘花」は時系列ではなかったようです(2度重い病にかかったわけじゃないでしょう)。紫の上と出会う前に末摘花に恋文を送り始めていたということですね。

いつまで経っても末摘花の返事がないことで彼女への興味を失いかけた源氏ですが、頭中将も便りをしているせいでライバル意識から諦められず、大輔の命婦をせっつきます。「こんなに待たされたことってないよ!!」

命婦も源氏が気の毒だったりウザかったりで、さっさと二人を対面させてしまおうと考えます。命婦は源氏が末摘花と会ったら興味をなくすのではないかと思っていたんですが。

その夜末摘花の屋敷に源氏が急に訪ねて来ると、命婦は驚いたふりをして(実際は命婦が外で待たせてあった)、「仕方ないですわ、ちょっとお会いになってみて。まさか強引な振る舞いはしないでしょう」ととりなします。ただしどこか源氏を信じられず、末摘花と障子越しに話させ、障子には錠を下ろします。

…下ろしたんですけど?「障子、手づからいと強く鎖して」と確かにあるのですが、話の弾まなさに業を煮やした源氏は「やをらをし開けて入りたまひにけり」。

注釈には「矛盾」とありますが、随分雑な…なんでわざわざ命婦が「鎖した」描写を入れたのか??

とにかく結局力づくで関係を持ってしまう形になりました。それともこれが当時の常識だったのか…侍女たちは驚き呆れますが。

2.女同士で助け合いきれないのが辛い

命婦は「やりやがったな!」と驚き、姫を気の毒に思いながらも自室に退散してしまいます。侍女たちも源氏の身分が高いことが主な理由で止められない。「若紫」でも似たようなシーンがありましたが、女同士で同情しながら、表立って庇いあえないのが辛い。

末摘花のために命婦が「いと強く」錠を下ろしたことが、源氏の感情的な行動ひとつで「役にも立たぬこと」にされてしまったようでやりきれません。っていうかそもそも、こうして身分の高い女性に近づくには侍女の手引きが必須だそうで。つまり当の女性は側の女性を信頼できないことになります。

ここではまだ源氏の美しさや「ありがたさ」と、末摘花の“できの悪さ”からどこかコミカルに受け取れてしまうのだけれど。いえ私も昔読んだときは気楽に読んだ気がします。10代のころは恋愛もしないで引きこもって琴弾いてる末摘花をかわいそうに思っていたもので。しかし今考えると、、

ほっとけや。

恋愛しない人だっているし、するとしても対象が異性とは限らない。と現代的に考えるとホントひどい話です。

3.後朝の文サボりがちな源氏

しかもその後の礼節を守っていない源氏。これも既視感ありますね…「若紫」、軒端荻。ひょっとして朝弱いのか?

訪ねて来た頭中将が「訳ありの朝寝ですな」と何か察したようです。そういえば夕顔が亡くなった翌朝も頭中将が訪ねて来てました。源氏に何かあると頭中将が訪ねる仕組み。

夕方にようやく届いた後朝の文に、末摘花は返事ができず(怒っているとか泣いているではなく、歌を詠む能力がないようで)、「侍従」という侍女がまた代返。字は末摘花本人が描いたようですが、「上下ひとしく書い給へり」…各行の天地をしっかり揃えていると。褒められてません、野暮なようです。

この時代の貴族の女性の生きづらさをこれまで色々見てきましたが(『源氏』ってそんな話だっけ?と思いつつ)、「和歌を詠めない」ってのも相当きびしいかもしれません(これは女性に限らず)。とっさに気の利いた歌を詠むことを当然のように求められるけど、結構な教養とか機知とか才気が必要なわけで…現代生活の中で言うと何にあたるでしょう?ちょっと思い当たりません…

次回も「末摘花」続き。

コメントを残す