古文で読む『源氏物語』感想10.若紫 Ⅱ 〜ピグマリオン、とりあえず断られっぱなし

本日のあらすじ

源氏は山寺の僧都から少女の素性を聞く。父親は藤壺の兄・兵部卿の宮で、母親はすでに亡くなり、僧都の姉妹である母方の祖母(尼君)が育てている。源氏は自分が後見人となって少女を引き取りたいと申し出るが、尼君は彼女がまだ幼いことを理由に断る。病も癒えて僧都たちに見送られ、左大臣の息子たちの迎えを受けて山を去り、父帝を訪ねた後、同席した舅の左大臣に引っ立てられるように婚家へ。しかし葵上とはろくに会話ができない。藤壺に似た少女が忘れられず尼君らに便りをするが、やはり源氏のもとに引き取ることは断られる。

1.紫の上の年齢

前回「10歳くらいというのは源氏の誤解(実際はもっと上)」の根拠がよく分からなかったのですが、祖母尼君の兄弟である僧都の言葉に、紫の上の母が「亡(う)せて十余年にやなり侍る」とあるので、なるほど、じゃあどう考えても10歳ってことはありませんね…少なくとも十余歳。

ただし実年齢に対してさらに子どもっぽいようで、手習もまだ初級だし(つづけ字もうまく書けない)、人形遊びをしていたり。祖母がいつまでも小さな子どものように可愛がっている感じでしょうか…

2.親代わりとか言って…ピグマリオン?

源氏のキモい思惑が続きます。憧れの女性に顔が似ている子を、幼いうちに引き取って自分の理想の女性に育てようと。

自分が作った石の女性像に恋して、アフロディテによって生身の女性に変わったその元自作石像を妻にしたピュグマリオーンの神話。

これを下敷きにバーナード・ショウが書いた戯曲『ピグマリオン』、を原作にしたミュージカル映画が、オードリー・ヘップバーン主演の『マイ・フェア・レディ』です。映画では男が自分の「育てた」レディと結ばれそうな感じで終わりますが、原作ではそうは問屋が卸さないらしい(未読です、、)。

源氏物語を現代的にパロるなら、紫の上は源氏からきっちり卒業する展開がよいでしょうが…

いえしかし、果たして、紫の上はこの後源氏と結婚することにはなりますが、「卒業」はしないのだろうか…

先走りましたが話を戻すと、尼君も源氏の「親代わり」なんて口実には騙されていません。ただ、紫の上が実際にはこんなに幼いことを知らずに結婚しようとしているのだろうと推測するのですが…いや…知ってるんですよソイツ。。

これ前回の、雀の子を育てようとして閉じ込めた紫の上と似ています。紫の上のその行為を尼君は「罪得ること」とたしなめるけれど、源氏の企みも罪深いこと…と紫式部は評しているのかも。

3.世も末な日本

ところで尼君の兄弟である僧都が源氏の美しさを絶賛しつつ、あんな素晴らしい人が「いとむつかしき日本(ひのもと)の末の世に」こんなイヤな日本の末の世(仏教的な意味で)に生まれるなんてお気の毒、、と嘆くのですが

いやあ、末には末があるもんだ…

(ちょっと脱線)こうしている間にも内閣が恣意的に検察官の定年をいじくれる法案が通ろうとしている今の世です。しかも新型コロナのためにデモもできない今、せめてツイッターで抗議をと有名人含む多くの人が「#検察庁法改正案に抗議します」でつぶやき続けています。私も源氏を読みながら、合間合間にツイート。

さて次回も「若紫」。藤壺のパターンからして、尼君が心配です…

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