古文で読む『源氏物語』感想 1 . 桐壺 Ⅰ 〜母君の匙加減に唸る

「いづれの御時にか…」

高校卒業時にもらって一度は読んだ、読みはした岩波書店の「新 日本古典文学大系 源氏物語」(古文)を、新型コロナの影響で家に閉じこもらざるを得ない今再読。その読書感想文。

脱・本棚の肥やし

1. 帝はメチャクソ空気読めねえなと思いました。

普通のブログはここで「そもそも源氏物語とは?」とか「作者の紫式部ってこんな人」なんて親切に解説してくれるのかもしれませんが、めんどくさいのでご容赦いただき、今日読んだ部分のあらすじから感想文スタート。

本日のあらすじ

さほど身分も高くなく後ろ盾もない桐壺更衣は帝の寵愛を受けまくり、他の女御・更衣らから恨まれ病がちに。桐壺更衣は若宮ひとりを産むが、3年後に亡くなってしまう。悲嘆に暮れる帝はある日、桐壺更衣の母の屋敷に靭負(ゆげい)命婦を遣わす。母君は涙ながらに命婦と語り合う。

第一巻「桐壺」はえらい展開が早いですな。

私が読んでいる版で始まりから5ページ目で当座のヒロイン死亡。

…ストレスでしょうねえ。。

一夫多妻の閉ざされた空間でそりゃ嫉妬も起こるでしょう。。けれど読んでるととにかく帝(桐壺帝と呼ばれる)、KYすぎる…いやむしろ煽ってる?

何かにつけて桐壺更衣をこれ見よがしに贔屓するものだから、火に油を注ぐように他の女性たちの怒りをかいます。

桐壺(部屋)は帝の寝所から遠いらしく、往来の道々で嫌がらせを受けるからと

もっと寝所に近い部屋の女性を追い出して、桐壺更衣をそちらに移す。

「そのうらみましてやらん方なし。」

そりゃそうですよね!(これ読んで噴いた)

そんなこんなで若宮(後の光源氏)を産んで、3年で亡くなった桐壺更衣。父はすでに亡く、ひとり遺された母君は…

2. お義母さんは恨み言の匙加減が絶妙だと思いました。

靭負命婦が訪ねて帝からの手紙を渡すと、

涙に暮れて目も見えないけれど、せっかくのかたじけないお心遣いですから、それを光にしてなんとか読みますわ」

なまじご寵愛を受けたものだから恨みをかってこんなことに…なーんちゃって。親って分別もないこと思っちゃうものですわね。」

「雲の上のお方が訪ねてくださって、こうして泣かせてくださって…なーんてグチっちゃいそう。」

表には出せない恨み節をいかにも「表には出せませんけど」風にチラッチラ表に出すこの匙加減!

う〜〜むと唸らされる。

こういうリアルな人物描写は「古典とかどーせ浮世離れしててつまんない」的な固定観念を吹っ飛ばしてくれる。源氏物語は人間を描くことにおいて世界最古の“近代文学”と言える、とどこかで聞いたことがありますが、あながち日本人の自惚れでもないような。

娘を亡くした母だけに悲劇的だし笑えはしませんが、この場面見ようによっちゃほとんどコント…と言わないまでもスリリング。

この母君もほどなく亡くなるのだが、もし帝と対面していたらどんなシーンになったことやら。。

3.(ちょっと脱線)『桐壺』と韓国文学『ホール』

この、いわば姑と婿の関係から思い出したのが韓国文学『ホール』(ピョン・ヘヨン、2016年)。日本語訳は書肆侃侃房(なんて読むのこれ)から2018年に出ています。

ちなみに私は韓国語学習者で一応、上級レベル(韓国語能力試験6級=最上級合格)。韓国文学を原語で多読中。

『ホール』では、主人公オギが交通事故に遭い、同乗していた妻が亡くなる。妻の遺族は夫であるオギと、妻の母だけで、それぞれ他に家族はなく天外孤独の身。体が不自由になり、口もきけなくなったオギは姑に面倒をみてもらうことに。

「ところでお義母さん…妻の部屋で何なさってるんすか…あ、日記読んでらっしゃる?えっと…僕が浮気したとか書いてあってもそれ彼女の誤解ですから!」

「あの、お義母さん…最近よく庭仕事なさって、、えっと…なんすかその穴…なに一生懸命掘ってらっしゃるんで…まさか…え、あ、池を作る?あははそっか〜〜。。鯉でも泳がせるんですか?…え?…この中でもがかせる?え…?何を?…え……?」

闇です闇。

『桐壺』でも母君は自分で「心の闇」と言いますが、子を想う親の無分別さを「闇」と表現するのは藤原兼輔の歌、

人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな

から来るそうです。(岩波版の注釈より。注釈が充実していて親切設計です。)

相手が帝ではちょいちょい恨み言を覗かせるのが限界なんでしょうが、行くところまで行ったのが『ホール』のお姑さんか。

このお姑さんも表には出さないんですよ。自己犠牲的に婿の面倒をみている…ようにも見える。「娘を裏切ったのでは?」「お前のせいで娘が死んだのでは?」などと決して口に出さない。

…むしろ口に出してくれれば反論なり弁解なりできるんですけど…

ちなみにこのお姑さんは「日本人」という設定です(実際は日本人と韓国人のダブル)。オギから見ると「上品で洗練されているが腹で何を考えているか分からない日本人のイメージそのまま」だそうですが…

東京の日本人に言わせるとそれって京都の方のイメージ…?

さて京に戻ったところで、今日はここまで。

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